What Does It Mean to Make Disciples?  
by John MacArthur 


弟子つくりを推奨する非営利団体「Grace To You」の代表であり、牧師であるジョン・マッカーサー氏による記事です。

日本語訳)

「弟子を作る」とは?

教会の目的を説明する際、「すべての国民を弟子とせよ」(マタイ28:19)という大宣教命令を指摘する方が多いでしょう。
しかしながら、それを問う相手によって、実際「弟子とする(弟子を作る)」という意味は広域にわたる解釈が見出されます。今日の教会の多くは、これを全世界への伝道指令-世界の隅々ににおいて人々が信仰と悔改めを得るよう導き、可能な限り神の御言葉を広めること-と解釈しています。

この大宣教命令には、確かに伝道的な要素もありますが、福音宣教以上のものが含まれているのです。「弟子とする」と訳されているこの動詞には、単なる回心者の数を積み上げる以上の意味が美しく組み込まれているのです-神への信仰と愛において成長し続ける「学ぶ信者」という意味合いです。

このキリストの言葉は、救済の瞬間についてではなく、それに伴った一生涯における聖化を強調しているのです。ヨハネ8:31でも、「もし私の言葉のうちに留まっておるなら、あなた方は、本当に私の弟子なのである」と、同じ点を指摘しています。それは、一度の信仰の宣言か、生涯にわたる霊的な成長と信仰が伴う敬虔を積むことの違い-偽わりにと真実の回心との違いです。

教会の使命が全世界に「成長し続ける学ぶ信者を育てること」であるならば、なぜ多くの牧会者、又クリスチャンは教会堂の席を埋めることに努力を注いでいるのでしょうか? このような(人を呼び込む)宣教方法は、未信者には魅力的かもしれませんが、信者の霊的成長をどう励ますのでしょうか? 霊的に崩壊した世界の流行や趣向を必死になって追いかけると同時に、非常に重要な聖化についてどのように教え実践することができるのでしょうか?

今日あまりに多くの有名な説教者や教会が、信仰者に働きかける事には興味がないと言っています。-彼らの説教は、まだ救われていない人たちものだ、と言っています。彼らは聖書をさらに深く学びたいと思っている信者の意欲-できることならば単に福音書の基本要素だけでなく、さらなる探求をしたいという意欲-を積極的に失わせてさえいるのです。

このような教会は、人々を救いの瞬間から人生の聖化へと促すことに対してあまり希望を持っていません。実際、人々をうすっぺらな信仰へと導き、霊的成長を妨げ、悲しくも救いを間違った方向に導く傾向にあるのです。

キリストが弟子達に命じたことに定義づけられたように、教会の目的は、学び続ける信者-男女問わずその人の人生が、神、キリストの言葉、そして他の神の子達への深い忠誠と愛を反映している人達-を育成することなのです。 あなたは、教会のこの明白で重大な目的の中で会衆が成長していくよう積極的に関わっていますか?
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